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オペレーション前夜  暴力団の賄賂はアゴ・アシ・ダカセ

本紙でも紹介しているが、元山口組の大幹部である盛力健児氏の著作『鎮魂』は、かなりのベストセラーになっている。これはやはり時代の要請が、その内容の濃さと共に、同書を一気にベストセラーに引き上げたのであろう。

時代が欲している要素――。

先月号でもお伝えしたように、本紙社主川上のこれまでの軌跡を描いた書籍が上梓の予定である。川上のこれまでの身を削るような正義≠フ生き様を綴った書籍は、盛力氏のそれと同じように、今、時代が一番欲してやまないものほかならないはずだ。

同著の中身を、今月号もダイジェストしてみようと思う。それは本紙四国タイムズの原点そのものなのである。

若林ワ組長 二代目若林組篠原組長オペレーション前夜―。

警察用語のひとつにこれがある。オリーブ・オペレーションの生みの親は言わずと知れた川上である。オペレーションは、結成後、十年にわたってその活動を通じ、巨悪と戦ってきた。川上と共に。オペレーションは、いわば、川上が常に追及する正義≠フ求道者なのである。そして、オペレーション誕生後の警察のあるいは世間の正義感≠ヘ著しく変わった…。

だから、オペレーション前夜、という言葉が自然と生まれ、やがて定着したのだ。

新暴対法の生みの親となった川上。それはむろんのこと、オペレーションとの連動の結果である。

そして、川上は、今も走り続ける。

その軌跡を書籍は忠実に綴る。オペレーション前夜の激しい動きをここでは少しばかりご紹介いたしましょう。

本紙川上宅発砲の同型トカレフまさに暗黒≠絵に描いたような時代が、わが讃岐には、あった。それでも孤軍奮闘、満身創痍で正義≠貫徹しようとしてた男がいた。それが、川上道大、すなわち、四国タイムズ社主川上、そのひと―。

香川県警には今でも有力暴力団の“用心棒”が堂々と現役でいる。それも一人ではない。典型的なある者を中心に彼らは全県警のもう一つの勢力を構成している。一時はその勢力にあらずんば警察官ではない、と思われるほどの権勢をその一派は奮っていたのだ。

今更説明の要はなかろうが、その勢力の長たる存在が、津島利夫高松北署刑事二課長である。一方、この津島課長と肝胆相照らす仲を自他共に任じていたのが、山口組直参の若林組若林彰組長(故人)だった。

どのような場合もそうであるが、警察官と有力暴力団がスクラムを組むと、文字通り怖いものなし、である。その間には、警察官の特権である“事件つぶし”が横行し、暴力団からは、それ相応の“饗応”がある。いったんこの甘い汁を吸ってしまえば、警察官も暴力団も速やかに一体化してしまう。津島課長は、これまでに、数え切れないくらいの若林組による凶悪事件を闇に葬り去ってしまっている。

殺人未遂、暴行、金融機関を使った不正融資、つまり浮き貸し、行政への圧力、不当逮捕、冤罪…。もう枚挙に暇がない。これによる“饗応”の額たるや、優に億を超越している。

この事態を中央が看過するはずがない。各警察本部の上に立つ警察庁は、香川県警のこの非常事態を捕捉していた。そして、ここに来て大きな機構改革、つまり悪の摘出を図るべく手を打ち出したのである。その皮切りに、植松本部長を任期中途で岩瀬本部長に交代させた。

例えば、警察庁は、こんな事態を捕捉している。

警察庁監察部門のある幹部と香川県警の最高幹部との会話である。

『何故こんな明白な事件が未だに立件されていないのかね』

“地元紙社主の数度に渡る事件のことですか”

『そうだ。特に、道具を使ったものと明らかに殺意を持った襲撃の件だ。香川の監察の方からは、すでにマルヨウ(容疑者)は挙がっているのだがね』

“しかし、その証拠が…”

『証拠?そういうものがないのにマルヨウが挙がったといっているとでも思っているのか?冗談はこの辺で終わりにしよう。分厚い証拠資料がここにあるよ』

“……”

『県警内部の刷新をすぐにでも図らなければいけない。岩瀬君が赴任してカッキリ二ヶ月を目処としよう。くわえて、若林組の元幹部、近藤氏の件はすでに最終審に移行している。全ての責任は県警にある。新証拠を出さなければ禍根を残すことになるよ』

地元紙社主の事件とは、いうまでもなく本紙川上社主のことである。他方、若林組の元幹部の事件とは、近藤秀三郎氏冤罪事件のことである。香川県警は近藤氏を若林組がスポイルしたがっているのを敏感に先取りして、なんと警察権力をもってその“お手伝い”をしたのだ。

川上社主をめぐる想像を絶する“脅迫”は、過去何度も報じてきた。川上社主は数度の事件に遭遇したにも拘わらず、全てのケースにおいて九死に一生を得てきた。

そして、その警察庁幹部は、こういった。

「川上社主が今でもこれまで通りの報道活動を続けているのは、現代の奇跡のひとつである」。

先の警察庁幹部と香川県警幹部との会話はまさしく驚くべきものであるが、実際に横行している県警警察官と地元暴力団との癒着に切り込むにはこうした良識ある上層部の決断なくしては何も出来ないのだ。もちろん、この警察庁からの上意下達は速やかに実行に移されている。

この警察と暴力団の癒着は、そのまま香川銀行と暴力団との腐れ縁に結びつく。

そして、川上は、実に4回もの未解決重大事件に遭遇する。いずれも、すべてのケースで、被害者である。正義を貫こうとして、理不尽な襲撃に遭う。それがすべて、未解決。前代未聞のことである。

社主川上道大は、これまでに都合4回、不当な暴力に遭遇している。うち二回は、文字通り“九死に一生を得た”というほどの凄まじい暴力であった。

自宅居間に向けての拳銃発砲、それも四弾(五弾目は拳銃トカレフが暴発)。

もし、家人の誰かが砲弾が描いた軌跡のなかに不意に入ったなら、まさしく殺人あるいは殺人未遂、傷害事件に発展していた。言論を凶器でもって掣肘しようとした“大事件”だった。賊の正体はわかっている。

さらに、賊は今度は直接的な蛮行に出てきた。

川上一家が乗っている車を襲撃したのだ。この襲撃にはかなりの計画性が伺えた。どこで襲うか、どのようにして襲うか、逃走経路から、襲撃に使った盗難車の調達、面割れを案じて目出し帽を着用した点…、などなど。これだけの周到な用意をして、川上家一同の乗った車を襲った。踏み込んで言えば、川上はこの計画が為されたときから、賊に生殺与奪のパスを握られていたことになる。

しかし、天は川上を選んだ。ゼロコンマ一秒の間隙を縫って、川上一家は奇跡的にガラス片を頭から被ったものの無傷で修羅場を越えた。誰の目から見ても、それは奇跡としか言いようがなかった。

賊のこの度重なる襲撃は何故起きたのであろうか?

その答えは、スバリ、香川県警の腐食体質にあった。この際、賊が香川県警の警察官だと言っているのではない。しかしながら、おそらく、香川県警は実行した賊よりももっと悪質であることは事実なのである。

もちろん、全ての香川県警職員のことを言っているのではない。賊と手を組み、県内の権力構造に不当に入り込んでいた、恐るべき警察官が香川県警にはいて、しかもそれは、県警内で不動たる位置にいたのである。

これまでに本紙が繰り返し報道してきている、津島警視は、この県警内の腐食の構造の中心点に立つまさしく獅子身中の虫なのである。この腐食の進行を香川県警内部は、誰も食い止められなかった。むしろ、腐食の進行を見て見ぬ振りをしながら、あるいは、指をくわえながら見ていたに過ぎなかった。自ら腐食のなかにその身を沈没させていく者すらあった。その意味ではここで香川県警全体の問題だと断言しても過言とはならないのである。

陽はまた昇る=\

香川県警と地元有力暴力団である山口組の直参、若林組との癒着はまさしく“持ちつ持たれつ”の関係を長年に渡って育んできた。この両者を中心点に据えて、太い直線で結ばれた関係者、関係機関、公共機関は無数にある。それは、県庁や、高松市庁も例外ではない。地元選出の政治家、行政のトップから地元財界、公共工事、さらにはアンダーグラウンドまで、幾層にも渡って恐るべき癒着の構造が出来上がってきたのである。

そこには、川上のように不当な暴力を加えられた者、あるいは明らかなる冤罪で有罪の汚名を被せられた者、組織から隔絶されてしまった者、さらにはカネで“犯人”として名乗り出ることを購わされた者など、想像を遙かに絶する境遇に余儀なく陥らされたケースが数多あるのだ。

これは何もサスペンス小説やアクション小説のなかの話ではない。警察庁のある幹部は、「どんなに優れたエンターティナーであってもこれだけの凄まじい“事実”を頭の中で想像することは出来まい」、といって、何とも言えない表情を浮かべた。

この余りに異常な状態を、各警察本部の長たる当の警察庁とて看過しているわけではない。

「香川県警の実態は捕捉しつつある。近いうちに“大掃除”を行う。これは、間違いない」。

同庁のさる幹部はこう言い切った。

「キザな言い方をさせてくれ。陽はまた昇る…」。

警察方面の流行語大賞讃岐にカワカミこれで決まり!

舞台のひとつ、それは、香川県警にあった。

今や東京霞ヶ関にある警察庁のとある部署では、讃岐が最大の注目点となっている。

横田武の名刺 津島利夫元警視同庁内の『今年の流行語大賞』なるものがあるとすれば、西の横綱は、讃岐となり、東の横綱は、ミスターカワカミ、とでもなるのではないか。それほど、香川の状況が注目されているのだ。これは決して喜ばしいことではないことは、賢明なる本紙読者の方々はとっくに御察ししているに違いない。そうである。警察庁の特殊部門が注目するということは、そこに警察として好ましからざる事態が発生、もしくは恒常的に起きている、さらにあるいは、それがすでに蔓延定着化している、そういうことを意味するのだ。そして、今讃岐で起きている事態は、その意味することそのままなのである。

警察庁の監察部門は、文字通り各都道府県警察本部の実態をリアルタイムに捕捉し、正常に指導していくためにある。その部門のとある一室では、まさしく讃岐を議題に取り上げていた。

「讃岐だが、ますます増長していくようだね。本部長が交代してもダメだな」。

「その程度で根本が変わるようだったら、監察も楽なんだけれどね…」。

川上家族を襲撃した盗難車「特に若林組との長年の蜜月は、これ、度し難い。うち(警察庁)の刑事局が率先してやっている広域暴力団の壊滅頂上作戦をもっと強力に進行させていくようにしてもらうこととする」。

「それがいいだろう。(ある数枚のリストを見ながら)しかし、讃岐の現場組は、相当イカレているね。アゴ、アシ、それにダカセ…。調べれば調べるほど、目を覆いたくなるような実態が浮かび上げってきやがる…。特にツの字ね、これはひどいな。横田というのも便乗というか、やたら名前が出てくるね。一週間に二、三回はざらじゃないか。こうも波状的に構成されたらやっぱり落ちてしまうものなのかね」。

「それは、当然のことだが、警察官としての基本的モラルの問題だ」。

ここで少々の解説をせねばならない。

彼らキャリアの警察庁幹部が讃岐に対して大きな注目をしていることはこれでも判るが、ここに出てくる用語ともいうべきいくつかの語彙についてはなかなか馴染みがなく判らないところも多いであろう。

まず、この会話は、今年行われた香川県警本部長の交替後のことである。そして、一人がいう現場組、というのは、香川県警の警察官のことを指しているのだ。この現場組のひとつの頂点を担っているのが、津島警視であることは本紙読者ならばすでに理解済みのことであるに違いない。その証拠に、この会話の中に、ツの字なる隠語が出てくる。これはまさに津島警視のことなのである。さらに、横田なる名前も出てくる。これは高松北署の幹部だ。ここで出てくる数枚のリストには、厳秘の印が大きく押してある。そしてその中には、驚くべきことに、若林組から彼ら現場組がいつ、どこで、どのように、接待されたかが、克明に記されているのだ。いわば捜査の実証拠。このリストには、現場組の名前が実に34名(警部補以上)、接待場所だけでなく接待した人間の素性も微を穿って記されているのだ。

そして、その中に香川銀行の幹部の名前も出てきている!讃岐の選挙管理委員長が会長を務めるあの香川銀行の名があるのだ!

もっと驚くべきことがある。このリストには、さらなる厳秘事項があった。それは、これら一連の接待の中で出てきた“依頼”の内容である。つまり、接待する側は、当然警察官に事件の揉み消しやら、釈放やら、事件の隠匿などを依頼する。そしてそれを接待された側は速やかに実行する。ここで初めて汚職の実態が把握できる。

そしてこのさらなる厳秘事項の中において、もっとも中心を占めているのが、ミスターカワカミこと川上本紙社主の一連の襲撃事件なのである。それに続くのが、近藤秀三郎元山口組系梶原組大幹部(二代目梶原組若頭)に対する冤罪強要である。このふたつの大事件は、汚職の中心にあった!

さらに、用語的に付け加えておかなければいけないのがアゴ、アシ、ダカセなる言葉である。これらは、暴力団からの接待の内容を指している。アゴは、飲食接待、アシは交通費の支払いから発して、要は賄賂の進呈を指している。ダカセはほぼ直接的で女性接待、なのである。この接待攻勢で、若林組、あるいは、香川銀行は、香川県警の現場組を使い、川上を襲撃させ、近藤を無辜の罪人に貶めた。

このようにすでに香川県警の現場組による若林組からの異常きわまりない接待の数々は警察庁監察部門においてほぼ正確に捕捉されているのだ。

これが、いわばオペレーション前夜―― の時代の川上を描いたものだった。

今のすべてに繋がっていること、それを痛感していただけたでしょうか?

それはこの時代にすべてが完成されていたのである。

暴力団への不正融資の火種

「みずほ銀行」から「香川銀行」に飛び火か

本紙川上は、先(10)月16日の昼食を第一ホテルアネックスで済ませ、すぐ横の「みずほ銀行本店」に入った。

みずほ銀行本店の取引に関する審査基準を確認し、みずほ銀行高松支店が四国タイムズの普通口座開設を拒否した真意を測るためである。

そりゃそうでしょう。

新聞やテレビで連日、みずほ銀行の暴力団への不正融資が報道されるのだから。

一階のエレベータ横奥の応接室で対応してくれたのは、柴田主任相談員と岡本相談員である。

本紙川上は、「みずほ銀行と香川銀行の歪みは相似 暴力団への不正融資と本紙口座開設拒否の謎」の本紙10月号を示しながら、取材の趣旨を伝えた。
「みずほ銀行の取引開始の審査基準を教えて下さい。

10月10日付朝日新聞1年ほど前に、みずほ銀行高松支店に普通口座の開設を申請したのですが、審査の結果、四国タイムズの口座開設はできませんとの回答です。

私は暴力団ではありませんし、むしろ、暴力団への不正融資をした香川銀行などを追及する側の新聞です。…}

柴田主任相談員は、こう言うのだ。
「審査基準は教えられません。口座開設の拒否は、審査の結果で総合的な判断です」。

若林組の襲撃は「他山の石」 みずほ銀は香川銀行の暴走から学べ

なるほど、四国タイムズの普通口座開設拒否は「総合的な判断」なのか。

みずほ銀行本店の主任相談員がハッキリとこう言うからには、高松支店からの相談も受け、「総合的な判断」を本店として示したということなのだろう。

香川銀行本店 大林一友元頭取さてそれでは、みずほ銀行本店の主任相談員らの回答があった16日から、6日も遡った10月10日付朝日新聞「みずほ融資深い闇」に目を通してみよう。
《金融庁は9日夕、みずほ銀などに報告徴求命令を出したことを明らかにした。
この命令は通常、銀行に対して水面下で出されるもので、「公表」は極めて異例だ。その理由について、金融庁は「関心が高く明確にしたほうがいいと判断したため」と説明する。

関心が高いのは、「みずほ銀に2度目の報告徴求を出すことになったのは、金融庁の検査が甘かったからではないか」との指摘が出ていることも背景にある。

みずほ銀はこれまで、金融庁に「暴力団組員らへの融資の情報は、担当役員止まりだった」と報告していた。だが、みずほ銀自身がこの報告が事実と異なっていたことを認めた。金融庁は結果的に、みずほ銀への検査のなかで報告が「うそ」だったことを見抜けなかった。
問題融資の情報は、みずほ銀などの取締役会で報告されていた。「経営トップが把握していたかどうか」を金融庁が問題視していれば、経営の最高意思決定の場である取締役会の資料の提出を細かく求め、問題が把握できた可能性がある。

金融庁が検査を通じて最も重視していたのはみずほ銀が問題を2年以上も放置していたことだった。》

どうであろう。

暴力団組員への融資が2年ほど放置された問題が、これほど深刻な事態に発展するとは。ならば、香川銀行の暴力団への不正融資はどうなるのだろう。

それも当時、香川銀行の場合は経営トップの大林一友頭取や小川和彦専務らが、暴力団・山口組若林組組長らへの迂回融資を20億余りも融資していたのだ。

本紙川上は平成9年の夏ごろ、香川県志度町の山林に大規模開発申請をしていた井坪建設への不正融資の情報を得た。もちろん、調査の開始だ。

寒川町の法務局支所で土地謄本の取得、開発許可に必要な農地転用への同意を拒む農業委員会委員にも取材を開始した。取材を進めるにしたがい、国道から開発地に至る進入路も確保できていない実態が浮かび上がった。

明らかに香川銀行の巨額な不正融資だ。それも暴力団山口組直参若林組絡みなのだ。

いま振り返れば、本紙川上も若かった。大林頭取のコンピューターのメーカーをNECから日立製作所に替える汚職疑惑や、美人秘書の不倫強要の情報を得た時、大林氏が香川県の選挙管理委員長であったので辞職勧告のリコールも正式に開始。軽ワゴン車にスピーカーを取り付け、一人で広報活動も展開した。

平成9年11月29日夜、山口組若林組の川原豪組員から自宅の居間に向けて拳銃トカレフで5弾も発砲(最後の1弾暴発)された。香川銀行の不正融資を、掲載するなだ。

香川県警の捜査放棄と冤罪捜査(その127)

司忍六代目組長は権謀術数の策士

権謀術数」をウィキペディアで引いてみた。
《主に社会や組織などの集団において物事を利己的な方向へ導き、自身の地位や評価を高めるために取られる手段や技法、およびそれが用いられる様を表す総称》

なるほど、そういうことか。
《「権」は権力、「謀」は謀略、「術」は技法、「数」は計算を意味するとされる。会話上のテクニックや気づかいなどの小さなもののみならず、時に賄賂や恐喝、暗殺などの直接的な手段も含む》

初代弘田組組長 六代目山口組司忍組長 四代目山口組竹中組長これって弘道会のことではないの?司忍山口組六代目組長が誕生して、二代目若林組篠原重則組長への腫れものに触るような優遇を不審に思っていた本紙川上は、やっとその謎が解けてきた。

特に「暗殺などの直接的な手段も含む」となれば、平成18年3月7日夜の本紙川上暗殺未遂事件などは司忍六代目が首謀者と言わざるを得ない。

渡辺五代目の使用者責任訴訟の取り下げを悪意の口実に根回しを謀り、クーデターでは二代目宅見組入江組長に親の仇を討たせた天下取りは、天晴れ(アッパレ)というより任侠道では封じ手・卑怯ではないのか。

三代目山口組の田岡一雄組長への原点回帰も、じっくり冷静に考えればおかしな話だ。山口組の当代が三代目から竹中正久四代目に代わった時、司忍組長は一和会に参加するはずの弘田組の若頭だったというではないか。

「策士策に溺れる」 共謀共同正犯の本紙川上殺害は未遂

おまけで、ウィキペディアから「弊害」についても引用してみよう。
《権謀術数とは結局は情報操作であり、事実を歪曲させる手法である場合が圧倒的に多い。結果、様々な存在の評価・価値を誤認させる事につながる。これは物事の合理性や効率を落とす行為であり、大抵の場合状況を悪化させる。
全体から見ると権謀術数の行使は集団そのものには(直接的には)まったく貢献せず、むしろ多くの場合有害にしか作用しない》

10月17日号の週刊実話平成17年8月に二代目弘田組司忍組長が六代目山口組を継承した後の11月2日、司忍六代目の「使用者責任」訴訟を神戸地裁に起こした。

この後1カ月足らずの11月29日、司忍六代目は銃刀法違反の裁判で懲役6年の実刑判決が最高裁から言い渡された。
翌年の平成18年2月には、司忍六代目は府中刑務所に収監されたのである。

なるほど、司忍六代目が収監される前に本紙川上の殺害計画を練っていたということか。ヒットマンの二代目若林組森裕之幹部を2月6日付で「偽装破門」し、3月7日夜に殺害計画を実行させたのか。

「策士策に溺れる」とは、このこと。策略に巧みな者は策を弄しすぎて、かえって失敗するものであるというたとえを絵に描いたような策略だったということだ。

盛力健児会長の自叙伝「鎮魂さらば愛しの山口組」が出版された8月末には、六代目山口組の組織内にも衝撃が走った。明らかに混乱が生じてきたのだ。

本紙川上の元には9月に、
「弘道会が中国人に盛力会長をカネで殺害するよう依頼したようだ」とか、また10月には「元盛力会の副会長で、いまの倭和会の飯田倫功会長にも盛力会長を殺害するよう指示した」との情報も得た。

これらの情報は、捜査関係者にもすでに伝わっている。なにしろ今の平川徳盛・少林寺グループ会長は、大阪府警の警護対象者なのであるからなおさら頷ける話だ。

さてここで、本紙平成17年9月号に目を通してみよう。
《…山口組若林組の本紙川上家族への鉄パイプ襲撃事件の使用者責任を神戸地裁に提訴して一年がたった。その間に、山口組も渡辺芳則五代目組長から、司忍六代目組長になった。

裁判を進めていく上で、六代目山口組司忍組長の人物を知りたくなって、週刊誌などいろいろ目を通してみた。
週刊アサヒ芸能にこんな記事があった。

「司六代目『武闘と波乱』の極道素顔」

…69年に起きた大日本平和会系組織との抗争では、敵対組織の幹部を日本刀で惨殺し、武闘派として名をはせた。
当時を知る弘道会系古参幹部が語る。

「すでに自首することが決まっていた子分数人に懲役を任せることを潔しとしなかった司六代目は、首謀者としてみずから進んで服役し、13年の懲役を務め上げた。
(中略)もちろん、司六代目本人も、三代目への崇敬を隠さない。前述の刺殺事件で長期服役して出所したその足で、神戸市内にある田岡三代目の墓に向い、墓前に手を合わせたとも伝えられるほどだ。
「今年5月の若頭就任で真っ先に決まったのが、田岡三代目の墓地当番を、全国の直系組長みずからが交代で務める制度だったのが象徴的です。
『シノギ(経済活動)でクスリはご法度』という弘道会の規律(山口組総体でも禁止)も、日ごろから『ヤクザは堅気に迷惑をかけないよう正業を持て』と口にしていた三代目の影響が感じられます」
六代目の人物像である。》

これは8年前の本紙記事。

本紙川上が司忍六代目を神戸地裁に提訴した11月2日、最高裁が懲役6年を言い渡した11月29日の2ヵ月前の本紙記事なのである。

「弘道会」誕生の秘話

ヤクザは盃事のスジで成り立つ

まず、週刊実話の10月17日号から。

《弘道会では、平成17年3月、高山組の跡目を後進に譲って二代目高山組総裁となっていた高山若頭が、二代目弘道会会長に就任した。

その際、当時の初代会長だった司六代目は、同会の前身である「弘田組」の名称を復活させて、弘田組組長に就任した前例がある。

「竹内新会長が山口組直参に昇格するのは間違いないが、そうなると、1つの直系組織に2人の直参がいるという前代未聞の体制になるので、いずれ高山若頭は新しく組織を旗上げし、そちらのトップに就任するのではないか」…》

なんともややこしい話で、権謀術数とはこのことか。

《昭和59年6月に竹中正久四代目が誕生すると、弘田武志組長が引退を表明し、弘田組は解散。旧弘田組の地盤をそのまま引き継いで結成されたのが、司六代目を初代会長とする弘道会だった。》

この後、分裂した山口組は山一抗争に突入した。

さて本紙川上は先(10)月15日、司六代目のルーツの弘道会を取材するため元盛力健児会長宅を訪ねた。その場で、直接に裏付け取材をと竹中正久四代目の二番目の実弟である竹中正氏に携帯を換わった。
「弘田組は一和会に参加するはずやったんやが、(弘田組の)司若頭の動きで弘田組は解散した。

その時、司が弘田組の弘をとって「弘道会」と名付けたかったんやけど、(山口組)四代目の幹部がみんなで猛反対したんや。最後は、四代目が『それほど司が弘田組の弘に執着するんやったら承認してやれ』ということで、弘道会が誕生したんや」
「ヤクザは盃事、スジというのが一番大事。墓参りでも、スジで言うたら、いの一番に四代目の所に行かないかん」

なるほど、それなら本紙川上にも腑に落ちる。

篠原慶弔委員の武器庫

六代目山口組司忍組長は袋小路に迷走か

週刊アサヒの10月3日号特大号をまず押さえよう。
「山口組」橋本統括委員長衝撃全容!ダイナマイト21本・拳銃7丁・実弾500発」大阪府警が急襲!
「摘発された武器庫」消音器が付いた拳銃まで…
《9月13日までに、大阪府警捜査4課と生野署などが銃刀法違反容疑で、六代目山口組・極心連合会系の関係先29カ所を家宅捜査し、大阪市内のトランクルームから拳銃7丁と実弾500発、ダイナマイト21本を押収。…》

10月3日週刊アサヒ 二代目若林組篠原組長「武器庫」といえば、山口組若林組を思い出す。

城東町にある若林組本部の隣接した北側に、ホテルオークラの倉庫があった。若林組の北側の窓を開ければ、オークラ倉庫の南側の窓である。要するに出入りは窓から隣の窓へと自由に行き来できたということだ。ここが若林組の武器庫であったのは間違いない。

平成15年に鉄パイプ襲撃で「替え玉」を逮捕した時、四国タイムズの事務所に来ていた香川県警本部暴力団対策課の某課長補佐に「武器庫」を説明したことがあった。某課長補佐には本紙川上も気を許していたからである。

なんと、その後、間もなくその倉庫は解体され、西側にあった入り口は東側に移し替えられてホテルオークラのバス車庫になったのである。

その頃、二代目若林組篠原組長(当時は若頭)の伏石町の自宅庭には油紙を巻き付け缶に入れた拳銃が埋められていたようだ。

さてここで、本紙川上が拳銃で襲撃された平成18年3月から1年余り経った平成19年6月の本紙に目を通そう。
《…川上社主への襲撃から、十年先を読んだ見通しが的確に当たったのである。さすがの炯眼、というしかない。

「だから、今回首謀の一角を占めていた若林組の壊滅のために、武器庫の一斉検挙をその作戦としているのです。銃器に対する市民の憎しみは今の時代、ようやく定着しましたからね。川上氏は、もう何年も前からその恫喝に晒されていたわけですが…。ここまで来て、ようやく川上氏の精神力の強靱さをアッピールできるまでになりました。オペレーションに弾みがついたからです。武器庫の一斉手入れはすぐに行います(!)」。

炯眼から発したオペレーションが、このほどその仕上げに近づいている。武器庫の一斉摘発がその象徴であろう。

「そして、若林組幹部も同時に一斉に検挙されることとなるでしょう。いくら、姑息な手口を使って、武器庫の所有を切り離しても、そのようなケチな手口は直ちに粉砕します。同時に、香川県警の不適切な一派に属していた元職の連中と抱き合わせで、すべて事件化していきます…」》

いよいよ機が熟したようだ。

県の危機管理は任侠道に学べ

浜田知事夫妻のハンディは香川県民に足枷

先月21日の知事記者会見。

幹事社「台風26号による土石流の発生で、東京都の伊豆大島では多数の死者・行方不明者が出る大災害となった。県内には24の有人島がある。住民への避難の指示が十分されていないとの報道がなされている…」

浜田恵造知事 フライデーの盛力健児会長浜田知事「…今回の件を他山の石としまして今後に生かしていくことが極めて重要であると思っております…」

なるほど「他山の石」か。

ならば本紙川上は浜田知事に言いたい。「同郷の盛力健児氏の任侠道を他山の石とすればいかがですか」と。

これも「他山の石」になるはずだ。

《大島町の川島理史町長は24日夜の記者会見で、同日発売の「週刊新潮」が伊豆大島に台風26号が接近した15日夜に川島町長が出張先の島根県隠岐の島町で出席した会議後の交流会で飲酒し、その後に女性のいる店に移って飲酒したと報じたことについて、事実関係を認めた。》

鎮魂さらば愛しの山口組A 五代目の「使用者責任」訴訟を阻止

前号に続く)

京都の(誤射)事件で、五代目の使用者責任を認める最高裁の判決が出るんは、その前年の(大阪)高裁判決を見ても、間違いなかったからね。そのうえ、高松の川上さんの(襲撃)事件でも、使用者責任を認める判決出たらたまったもんやないというんで、(川上に訴訟を取り下げさせようと)いろいろ、動いとったらしいんです。

それで、ある日、本部に行ったら『四国タイムズ』が置いてあって、俺の名前が載っておった。記事を読んだら(川上が)どうも俺に「出てこい」と言うてるように取れたんで、その新聞持って岸本(才三、当時は五代目山口組総本部長)さんのところに行って、「ワシが動きまひょか?」って言うたんや。

そしたら岸本さんが、「盛力な、今、執行部で(川上に訴訟を取り下げさせようと)動いてるから、もし我々であかんかったら、その時は頼むわ」言うんで、待っとったら、最終的に「やっぱり盛力、頼むわ」となった。

それで俺は川上さんに連絡を取ってね、(平成16年)10月に高松で初めて会って、「なんとか五代目の(使用者責任の認定を求める)訴訟だけは取り下げてもらえんやろか」と説得した。「その代わり、俺の責任において、川上さんの身に危険を及ぼすようなマネは絶対にさせんから」言うて。

幸いなことに川上さんのお祖父さんは、俺と同じ、(香川県)観音寺の豊浜の出身やった。さらに川上さんは以前、高松市内で道場を開いていた和道流の空手家で、俺も少林寺(憲法)を続けておったから、武道家同士、相通じるものがあった。おまけに川上さんは、(田岡)満ちゃんの空手の師匠やった小西康裕先生のお弟子さんやという縁もあって、俺の話は聞いてくれたんです。

とはいえ、川上さんも(二代目)若林組には腹に据えかねるものを持ってはったんで、説得するのは大変やった。だから、それから毎日、大阪から高松まで通ってね。川上さんと弁護士の先生を説き伏せて。大阪に戻るんはいつも夜中ですよ。それで最終的に川上さんも納得してくれて、京都の事件の最高裁判決が下りる3日前に、五代目に対する(使用者責任を認める)訴訟だけは取り下げてくれた。このおかげで五代目は川上さんの事件で使用者責任を問われずに済んだんです。俺は裏で、そういう(五代目山口組の)危機管理をやっとったんですよ。

ところが、この話には後日談があるんですわ。

五代目から六代目に代替わりした後の平成18(2006)年3月7日夜、俺は中国の深センにおったんやけど、川上さんから「会長、撃たれました」と電話があったんや。救急車の中から。帰ってきたところ家の前でパン、パン、パンと3発撃たれた、と。あの人も空手家やから2発はなんとかかわしたんやけど、最後の1発が足に当たってケガをした。

《ヒットマンは、その1カ月前に二代目若林組から「破門」となっていた同組員だった。犯行後に自首したが、殺人未遂の罪で懲役15年の刑を受け現在も服役中だ。そして後に川上は、この事件について、篠原組長ら二代目若林組幹部とともに、今度は司忍・六代目山口組組長の「使用者責任」の認定を求める損害賠償請求訴訟を起こした。》

いくら代替わりしたいうても、先代の時にした約束を、しかも堅気の人とした約束を、前の代の話やいうて、反故にしたらあきませんよ。あの時の「川上さんの身に危険を及ぼすようなまねは絶対にさせん」という約束は岸本さんをはじめ、当時の執行部も了承しとったんだから。俺はあの時、川上さんに申し訳ない気持ちでいっぱいでしたわ。

どうであろう。

これは、盛力健児会長の「鎮魂さらば愛しの山口組」からの引用掲載である。

衛藤氏の投票0は日本の大問題

検事総長への告発状は高松地検に

「1票の格差」が最大2・43倍だった昨年の衆議院選挙は違憲だとして選挙の無効を求めた全国訴訟で、最高裁大法廷(裁判長・竹崎博充長官)は今(11)月の20日に判決を言い渡すという。また、「1票の格差」が是正されないまま実施された7月の参議院選挙でも憲法違反だとして6県の住民が無効を求めた訴訟も12月には判決。

木村義雄参議員 衛藤晟一参議員ちなみに最高裁の竹崎博充長官の実兄は、香川県選挙管理委員会の竹崎克彦委員長である。2期目の委員長に再任された竹崎氏はこう挨拶した。
「選挙は民主政治の基盤であり、その管理執行を所掌する職務は極めて重要。各委員らと協力し、選挙の適正な管理執行に努めていきたい」

各委員とは、弁護士の渡辺光夫氏、会社社長の白井敏雅氏、元県立高校教諭の村上昌代氏らを指す。

竹崎委員長が「管理執行を所掌する職務は極めて重要」と言うなら、なぜ香川県高松市から衛藤晟一氏の投票0問題が発生したのか、と声を大にして問いたい。

香川県と高松市の選挙管理委員会の違いがあっても、衛藤晟一氏の投票0問題を放置する訳にはいかないはずだ。

竹崎氏は香川県選挙管理委員長として、高松市の綾野和男選管委員長を伴って衛藤晟一氏に謝罪すべきである。

本紙川上は先(10)月18日、参議院議員会館に出向いて衛藤晟一議員の森田政人秘書に市民の一人としてお詫びし、この問題を看過せずに検事総長に刑事告発したことを報告した。選挙が民主政治の基盤であるのを再確認すべきだ。

横山市長の教育補助金の中身

卒業の保証で落ちこぼれ集めか

前号では野球部3年の堕落ぶりの実態について記した。こうした状況を生じるのは学校の宣伝と、進学や就職のスコアを上げるために運動部員を利用し、教育という本来の学校の使命を二の次にしてきた結果である。堕落した生活を過ごした生徒は、言うなれば伸びきったゴムのような状態で卒業してゆく。

三豊市 横山市長進路が決まるまでは本性を現さない体育コースに比べ、総合コース、商業科になると状況はさらに酷く、既に一年生の頃からまともに授業ができないようなクラスすら生じている有様だという。

これまで記してきたように香川西高校では履修不正が続けられ、勉強しなくても欠席が膨大でも、簡単な課題で単位認定になるという考えが蔓延ってしまった。これで生徒にとってはテストの点数も欠課オーバーも怖くはない。授業が始まってからトイレに出る者、授業中堂々と携帯やゲーム機で遊んだり騒いだりするのは当たり前。テストも白紙同然で提出、テスト期間中堂々と欠席する者さえいる。テストの欠席すら教務は把握しておらず、担任が適当な時間に追試を行って片付ける。欠点や欠課時数オーバーの場合はこれまで記してきたように、点数や不足時数をほとんど考えず、適当な課題で片付けるが、評価や課題の量にクレームをつけてくる呆れた馬鹿親までいるという。抜け道だらけのため、生徒は好き勝手放題、クレームをつけてくる馬鹿親にも毅然とした対処ができないのだ。

普通の高校であれば、正当な理由のないテストの欠席は素点0点扱いで複数回欠席は単位不認定。追認定も実施が適切かどうか成績会議で審議される。しかし北井前校長は学則を無視した不正な単位認定を行わせ、これに無気力職員が同調。不正に対する県の目溢しもあって、抜け道の単位認定が標準になってしまった。校長が代わっても職員の意識はそのままだからこれまでの状況が続いている。怠学の生徒にしてみれば評定を気にしなければ欠席した方が楽なのだ。もはや学校としての履修は体をなしておらず、授業料・補助金収入を得るための仕組みだけが残っていると言っても過言ではあるまい。

こうした生徒に都合良く解釈されることはすぐに噂が広まる。香川西高校の今春の入学者が例年になく多かったことから、おそらくは在校生だけでなく既に中学生にも香川西なら卒業できるというような噂が広まっているのかもしれない。

まともに授業のできない普通科総合コースや商業科。一番の被害者はこうしたクラスでも進路等の目的を持って勉学に取り組んでいる生徒であることは間違いない。






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